2009年3月17日火曜日

トランジションの悩み(マンディーの話/トランジション・マカンスレス)


立ち上がって1年目は結構盛り上がったけど、もうすぐ2年目というのにすでに息切れしてる感じ。知ってると思うけど、マックにはCATがあって、すでに市民ファンドの風力発電会社や太陽温水パネルの会社もある。カーシェアリングのグループも前からあるし、コミュニティガーデンやファーマーズマーケット、パーマカルチャーのコースだってあるのよ。CAT出身の専門家や経験のある人も多いんだけどね、残念ながらみんなすでに自分のプロジェクトで手一杯で、どうしてわざわざまた別のグループに所属して仕事を増やすのかっていう態度が感じられる。せっかく資源はたくさんあるのだから、ネットワークや協働が上手にできたらもっと効果もあがると思うんだけど。

主体的なアクションが不可欠!(クローイの話/エベリストウィズ)


コアメンバーは10人がだんだん減って実際動いているのはもう4人しかいない。スタートしてからもう2年になるけど、お披露目なんてできないでしょう。コアメンバーが解散したら、何も動かなくなるのが目に見えているから。啓発のための映画や講演会にはたくさん人が来るのに。ガーデニングのイベントも人気がある。でもたとえばスキル再習得のワークはだんだん参加者が減っていて、今週はとうとう2人しか集まらなくてキャンセルになったの。問題なのは準備するのはいつも同じ人ばかりだということ。今まで一生懸命やっていたメンバーが新しい仕事に就いて忙しくなったりしたことも原因だけど、やっぱり主体的に活動する人が増えていないのは明らか。声をかければ動いてくれるんだけどね。イベントを運営するための人材育成ワークショップをやろうかと思っているけど、予算もぜんぜんない・・・。

 ホームページもやろうという掛け声ばかりで全然進んでいないし、情報共有がうまくできていないのも問題だと思う。仮に興味のある人やもっとやってみたい人がいても、こちらが適当なタイミングでその人とコンタクトしたり、上手なサジェスチョンを与えることができていないんじゃないかしら。このコミュニケーションのフォローはすごく重要だけど、ボランティアじゃそこまで時間がかけられないのが正直なところよ。私は助成金をとってパートでもいいから謝礼を出してそのための責任者を置こうと会議で提案したけど、みんなはまだそんな段階じゃないと言うのよね。もっと活動が発展してからだって。でも、その役割がないことにはいつまでたってもそこまでいかないんじゃないかしら。

 間違いなく言えることは、知識だけ与えても駄目。人びとが行動する機会も一緒に与えないと。

ユーモアのセンスが大事(エイドリアンの話/トランジション・ルイス)


2006年の9月に最初にロブの話を聞いてすごくショックを受けて、早く何かしなくちゃって思った。片っ端から友達や役場の人に話したりして仲間を集めてグループが発足したのが11月。それまで学校の立ち上げ運動に参加したことはあるけど、特に環境問題に詳しかったわけでも活動家だったわけでもない。最初に集まった15人が10人になり、最終的には5人になったけど、そのコアメンバーもみな専門家ではなかった。コミュニケーションや広報に長けている人たちだったけど。素人がハンドブックを真似してやっただけよ。

 お披露目までの4ヶ月は毎週にミーティング、隔週のイベントで映画を観たり講演を聞く会を開いてとにかく啓発活動と人集めに力を入れたわ。特に相手を選んで来てもらおうとはしなかった。確かに中流白人だけだったかもしれない。でも、行動しようという体制にある人からやれればそれでいいんじゃないかと思う。興味のない人はその後。動ける人が動いているうちに活動は広がっていくと思ったの。動ける人という意味では、退職者や学生みたいな時間のある層が有力かもね。あと、役場の担当者に声をかけたら市長やジャーナリストにも話しがつながっていって、広く人を巻き込む結果になった。コアグループが5人に落ち着いた一方で、メールやニュースレターで呼びかけをするうちに、活動メンバーは150人くらいまでに広がった。オープンスペースはいろんなアイデアを聞くのに有効。あれがきっかけでプロジェクトが始まっていった。プロジェクトグループが立ち上がりそうになってきた2007年4月にお披露目をしたの。その後も7月までに10件のイベントを開催して、その間もウェブやニュースレターでお知らせをし、メールで参加者のフォローアップは継続して行って、盛り上がりができてきた。「答えはない。あるのは問いだけ。でもみんなでその答えを探そう」ってことでしょ。気持ちの盛り上がりが大切。その際大事なことは平易な言葉で語りかけることね。相手は普通の人ということ、人の気持ちがどうやってポジティブな行動に移っていくかということを意識して。

 お披露目の後、コアグループはそれぞれのプロジェクトグループに所属するようになった。7月には「目的と原則」を確認するミーティングをやって、以後は月1回のフォーラムでそれぞれのグループの進捗状況を報告することになっているの。基本的にそれぞれのグループは独立していて、それぞれイベントをやったり会社を設立したりしている。中にはリーダーがワンマンだったり、うまくリーダーシップがとれなくて進まないグループもあったわね。そういうときは他のグループが仲裁に入ってサポートしたりもしたの。今は正確に何人活動しているかわからないけど、メーリングリストの参加者だけなら500人くらいいるわ。

 長くやっていればトラブルも当然出てくるわよ。私だって、突っ走りすぎだとか、いろいろ言われたこともある。この問題ってすごく深刻でしょ。困難や問題ばかり見ていると暗くなっちゃうから、どんなときも気持ちをポジティブにしていられるようなユーモアのセンスは大切ね。

上手に人を巻き込んで(アンディの話/トランジション・ルイス)


2006年の11月にエイドリアンに誘われて、それからトランジションにはまっているの。そのときはまだルイスに引っ越してきて3ヶ月だったけど、それがきっかけで本当にこの町が好きになったわ。これまでロンドンに12年、ブライトンに5年住んだけど、私は南アフリカ生まれのユダヤ系というマイノリティに属するせいか、どこもここは自分の町だという気がしなかったのね。ルイスの人びとは異文化や新しいものにオープンで理解があるし、私もすっかり地元に馴染んでいるの。そういう意味で、トランジションにはぴったりの文化というか土地柄だったんでしょうね。
だから、私たちが最初に集まってからわずか4ヶ月でお披露目ができるまでに盛り上がったのね。もっともその4ヶ月は本当に死に物狂いで働いたわよ。私も広報を担当して、1000ポンドの寄付金を集めるのにすごくがんばった。うちの息子は当時6歳だったけど、一緒にチラシを配ったりして、あの子にとってもとてもいい体験だったと思うわ。コアメンバーは初め8~10人くらいいたけど、最終的に5人になった。特に専門家という人はいなかったけど、そのうちいろんな人が集まってきて、アート、ビジネス、エネルギー、食、健康、教育、交通などのグループがたちあがっていったのね。お披露目をした時点でコアメンバーは解散というか、それぞれのグループに入っていったの。今は、主に心と魂グループに所属している人が多いかしらね。
(写真上:ルイスポンドで支払いのできるパブ)

 どうしてそんなに早く広がってお披露目に至ったかって?プレスリリースがコツかしら。地元の新聞が協力的だったし、それ以外にもニュースレターを発行したりして積極的に広報したから。
 あと、映画やイベントに参加した人には毎回アイデアを書き出してもらって、たとえば「役所がすること」「私ができること」みたいなノートを張ってもらうのね。もちろん連絡先もきちんと管理しておいて、後日フォローアップやサジェスチョンをして上手に人を巻き込んでいったの。 特に力を入れたのは「スキルの再習得」イベントで退職者とか時間のある人を誘ったことね。小さくてもいいからアクションを続けていくことが大事じゃなかしら。

 チャレンジ?お金が課題でしょうね。今は誰も給料をもらっていなくて、イベントごとに助成金があれば多少の謝金を払うくらいだけど、将来的にはこのやり方はどうかしらね。ただ、使い方については透明性が大事で、情報をきちんと共有したりフィードバックすることに気をつけるべきでしょう。

行政との連携がキー(クリスの話/トランジション・ルイス)

2年前にTTLewesの主催したオープンスペースに参加したとき、市役所の持続可能エネルギーの担当者だったマシューから再生エネルギーの会社をたちあげないかという提案があったんだ。それがきっかけであっという間にOvesco(社会的企業)を設立することになった。すでにエネルギー系の会社を経営していたハワードの後押しも大きかったと思うよ。僕?それまでは建築デザインの仕事をしていた。ロンドンの大都市を転々として華やかなビルを設計する仕事にうんざりしていた時期だったから、会社を辞めてこの仕事を引き受けることにしたんだ。もっともこれだけじゃ食べていけないからここはパートタイムで週2日だけ、外でも多少は稼いでるけどね。このオフィスはOvescoとTTLewesが一緒に借りてるから、ときどきはTTLの広報なんかの仕事もするよ。


当時、市役所は太陽温水パネルを普及させるための補助金をつくったけどほとんど利用されない、当時請け負っていた企業はロンドンの会社だったのかな、あまり熱心ではなかったらしい。地元にネットワークがあって、単なる金儲けじゃなくて環境問題に真剣な企業がほしかったんだ。マシューは積極的で、入札プロポーザルの準備も手伝ってくれた。結局、前に請け負っていた会社よりも僕らは2倍以上の実績を出してみんな喜んだというわけさ。でも、来年また入札があって続けて受注できるという保障はないけどね。

行政職員との協力的な関係は成功の秘訣のひとつだろう。ルイスの場合、ラッキーとしか言いようがないけど、たまたまマシューのような熱心な担当者が向こうから来てくれらんだからね。でも、そうじゃないケースでも、こちらから一生懸命足を運んで活動をPRすることも大切じゃないかな。行政の側も、よい協力者を探していたり、助成金の使い道に困っているケースもあるからね。

みんなでできることを持ち寄って

「ペンパーキー・グリーン・イベント」(ペンパーキーは市内のある町内会の名前)もトランジションらしいイベントのひとつだ。お年寄りの知恵や我が家の伝統的な技を集めて地域のグリーン・リソースを開拓し、参加した人がそこで学んだアイデアを家に持ちかえり実行してもらうことをねらいとしている。残り物を利用した料理や編み物のデモンストレーションがあったり、バイオディーゼルやガーデニングの本の販売があったり、とても楽しそうだ。


スキルスシェアを推進するグループの冊子を開くと「草刈します」「犬の散歩をします」「ブラックベリージャム作ります」「ジーンズのすそ上げします」「自転車修理します」などなど、一見技術とは呼べないようなものでも、あったら便利、しかも民間サービスに頼るよりも実はお得な小技がたくさん登録されている。「いついつどこどこへ定期的に車で行くが、同乗したい人はお知らせください」というカーシェア情報もあった。このグループのルールでは、基本的にはお金を使わずに自分の技術や労働を提供することでサービスを受けられる仕組みになっているが、サービスをお金でやりとりするケースもある。

いずれにしても、地域内の資源やサービスを地域内で活用、循環することは、環境への負荷を減らすばかりか、地域コミュニティの活性にもつながる。大型スーパーや通販で手に入るものは、聞いたこともないどこかの国で、それも不公平な労働によって生産され、さらに莫大な石油エネルギーを費やして搬入されたものかもしれない。それらの安物を壊れては捨てて買い換えるという生活は、明らかにサスティナブルではない。生産者の顔がわかるものはより安心で、大切に使おうという気持ちもわくだろうし、ちょっとした工夫があれば使いまわしたり修理したりして長く使うこともできる。「地域主義」はトランジションの大きな柱であるが、その一歩として有効なイベントだ。

国連や国家政府が目標を掲げるだけではこの地球規模問題は解決しない。また、どんなにローカルにがんばっても自分たちの町だけサスティナブルでハッピー、ということも難しい。この問題に国境や派閥はないのだ。そして市民の行動が大事と言いつつも、専門家や技術者、行政のサポートも欠かすことはできない。市民の勇気ある一歩、消費者の意識の変化に応えて商工業や政治経済界も必ず変化していくだろう。まさに行政も企業も市民も一体となって「トランジション」する必要があるのだ。

2006年9月、英国ではじめて「トランジション宣言」をしたトットネスに続き、各地でトランジション・タウンが誕生し、活動は勢いを持って広がっている。日本でも、その波動を受け、2008年6月「トランジション・ジャパン・プロジェクト」が結成された。「トランジション」の考え方を普及するための説明会を行うと、会場はいつもいっぱいで、人びとの興味関心の高さ、そしてこの運動に対するニーズの高さが伺える。
専門家がいないからとか、資金がないからできないということではなく、むしろ今自分たちが持っているものに着目しそれらをつないでいくこと、ちょっとした意識の変化で方向性を変えていくこと、そしてそれぞれの地域性や風土を活かしながら小さくてもできることを増やしていくのが「トランジション」のアプローチだ。英国とは違った日本独自、地域独自のプログラムがどんどん生まれるだろう。さきがけて活動をスタートした東京都の小金井、神奈川県の藤野、葉山に続いて、近い将来、日本のあちこちの町で「トランジション旋風」が吹くことを期待したい。

私には何ができる?(トランジション・アベリストウィズ)

私は2006年3月から2007年9月に渡ってウェールズのアベリストウィズ(人口約1万4千人)という町の郊外に住み、コミュニティガーデンを主宰しながらトランジションに参加した。毎月ミーティングを開き、約80人のメンバーがメーリングリストで情報交換しながら、そこで出てきた案をもとにプロジェクトを企画・実践している。最初はピーク・オイルをテーマにした映画を観たり講演会を開いたりと、「課題を知ること」「意識づくり」からスタート。次は「エネルギー」「交通」「建築」等のテーマグループ別にいくつかの部屋に分かれて、具体的にどんなことができるかを話し合った。

私の参加した「食」のグループでは「子どもの健康が心配。学校給食を考え直したい」「市民農園が空くのを2年も待っている。遊休農地を開放してほしい」「近所の公園が芝生だけなので、りんごなどの果樹を植えたい」などの意見が次々と出た。ファーマーズ・マーケットを運営している団体の女性からは「これまで月に2回開かれていたマーケットに対する市役所の助成が今年度から打ち切られた。助成を続ける請願に協力してほしい」という提案があった。それをきっかけに地域の食や農業をサポートするべきだという議論が白熱。その中で「消費者の意識変革を促すイベントを開催しよう」という案が出された。こんなとき、彼らの行動は素早い。あっという間に半年後のイベント計画がスタートした。「依存から自立・共存へ」「トップダウンからボトムアップへ」はトランジション・イニシアティブのスピリッツだが、行政や大きなパワーに依存するのではなく、小さくても市民自ら行動することの大切さを実感するプロセスだった。

TTAbe(Transition Town Aberystwithの略)ではクリスマス市と組んでファーマーズ・マーケットを開催。ちらしを撒くなどして地域の食や農業についてPRをしたり寄付金を募ったりした。また、「フード・ディベート」と称して「食」に関するさまざまな情報やアイデアを持ち寄る会も開いた。地元の伝統的な野菜の種を保全しようというグループ、フェア・トレードの推進団体、野草の料理をデモンストレーション(この日はイラクサ入りのオムレツ)するグループ、パーマカルチャー、有機農家認定団体、ビーガン(完全菜食主義)グループなどが集まり、会場は関係者なのか一般の人なのかわからないが大勢の来場者でにぎわっていた。

このイベントを通じてガーデン好きのネットワークがぐんと広がった。私のコミュニティガーデンにもボランティアが来てくれるようになり、そこで種や苗の交換をしたり野菜の宅配を始めるようにもなった。菜園に挑戦したいがスペースがないという人のためには、遊休農地や公共用地を紹介するマッチングのイベントも開催された。名づけてガーデン・エクスチェンジ。それがきっかけで、友人のグループが教会の用地を借り、さらに参加者を募って来春には住民主催の市民農園をオープンすることになった。「分断からつながりへ」「GetからCreateへ」もトランジションのスピリッツである。人を巻き込み、はずみをつけて触媒のような働きをするイメージが湧いてくる。

トランジションタウンとは?

英国では最近、環境運動が様変わりしている。「トランジション・タウン」がそれだ。「トランジション」は英語で変遷、移行の意味で、石油依存型社会から持続可能なまちへ移行するための市民活動を意味する。石油生産量がまもなくピークを迎え安価な石油が手に入らなくなるという予測(ピークオイル)、そして地球の温暖化に伴って世界各地で発生している気候変動の事実を真剣にとらえ、将来に備えて社会構造や市民のライフスタイルを変化させていこうというのが運動の大筋である。
提唱者ロブ・ホプキンスの著書「トランジション・ハンドブック」では、「トランジション・タウン」ではなくあえて「トランジション・イニシアティブ」と言い換えている。行政区域を単位とする従来型マスタープランのイメージを避け、「イニシアティブ=市民の責任ある決断、行動の第一歩」という部分を強調しているようだ。

「トランジション」がこの数年、英国はもとより世界中で人気を得、広がっているのは、緊急かつ深刻なこのテーマに明るく前向きに取り組む姿勢が多くの人を魅了したからだろう。ハンドブックを読むと、人びとがさまざまな知恵や技をもちより、想像力豊かに取り組めば、これからやってくる「移行・変遷(トランジション)」の結果は必ずしも今よりも質の低いみじめな時代の到来ではなく、むしろ地域がいろいろな意味で力を取り戻し、地球環境的にも個人のライフスタイルとしても優れた社会になる、という希望を感じることができる。ひたすら恐怖心をあおり、罪の意識をかきたてるようなネガティブな主張ではなく、いかに自分の生活や自分のまちを変えていけるかを楽しむ建設的で創造的な姿勢がそこにはある。


12のステップにはコアグループの結成、意識づくりに始まり、関連団体との連携や創造的なミーティング、ワーキンググループによって目に見える実例をつくっていくこと、またお年寄りの技術に学んだり、地方自治体と協力関係をつくることなどが盛り込まれている。いずれも行政計画のような一律な目標年次や定めるべき項目はなく、その都市、町村、あるいはどんな単位の集団でもそれぞれの地理的特性や文化風土を活かして独自の目標やプログラムを作っていくのが特徴だ。

トランジションのコンセプトを理解するひとつのキーワードに「レジリエンス」がある。きたるショックの日にパニックを起こすことなく、また対処療法的な手法でとりあえず場をしのぐのでもなく、しなやかに外界の変化に対応しながら、再生する力を身につけようという意味がこめられている。日本をはじめ先進工業国はハイテクを駆使してこれまでの状態を維持しつつ問題を解決しようとしてきたが、これはいわゆる「レジリエンス」のないやり方だといえる。ハイテクは緊急時に弱かったり、経済的に持続可能でなかったりするからだ。また、自らの資源は保全できても結果的に他者を搾取したり、社会格差を招いたりする可能性も否定できない。

2007年9月24日月曜日

リサイクルの巻3 買うべきか買わざるべきか

不要になった携帯電話を郵送で回収してリサイクルするというチャリティー団体もある。日本では携帯電話の買い替えサイクルが欧米よりも短いようだが、イギリスでもタダで新しい機種に変えられるサービスがあるらしい。高校生が「やっぱり最新デザインでなきゃ。古い携帯なんて友達に馬鹿にされるから」と言うのを耳にすると、資本主義の消費者心理は世界中同じなのかと思わず唸ってしまう。

携帯電話に使われているハイテク部品には、金などの希少金属や半導体のような人体や環境に悪影響を与える有害物質が含まれている。法的にはメーカーが責任を持って回収・処分すべきだが、家庭ゴミと一緒に埋め立てられるものや、家庭に置かれたままのものもかなりの量にのぼるだろう。そのような携帯電話を簡単に回収するために、封筒に入れて投函すればよいという仕組みはよいと思う。大手スーパーでも回収に協力をしている。

「リサイクル」は新ビジネスを生み出し、新たな消費につながる可能性がある分、政府も企業も力を注いでいるが、免罪符のように使う傾向は反省する必要がある。服にしても携帯にしても、そもそも買い控えるべきだというのが大原則なのだから。

ただ、不用品の処分方法として再利用できるものは再利用する、安易に焼却や埋め立てしないのがせめてもの消費者の義務だろう。その際、環境問題にはまるで理解のない人も対象にするのだから、仕組みはできるだけシンプルで簡単でなければならない。できれば楽しく美しく、参加したくなる仕掛けもほしい。
見ている人が「わたしもやりたい」と思わせる、そんなエコライフを実践できたらと思う。

リサイクルの巻2 素敵なリサイクル

それでも最近はそんな世間の悪評を何とか返上しようと、頑張っている市民グループも増えている。「イギリス人は生まれつきリサイクルが嫌いなわけではない」ゴミの分別を呼びかけるパンフレットの文言に思わず苦笑してしまった。

一方「これは是非輸入したい」というユニークなリサイクルもある。
たとえば街中にいくつもあるチャリティー・ショップ。それぞれNGOによって運営されており、収益金は癌患者や高齢者へのサポート、第三世界の地域開発や動物愛護などさまざまなチャリティー目的に使われている。古着や古本、家具、生活雑貨など、なかなかおしゃれな良質なものが安く手に入り、わたしも愛用している。

日本でも伝統的には古本屋、最近では各種中古品を扱うリサイクル・ショップやフリー・マーケットなど中古の再利用は増えてきたが、それを大々的に慈善事業に役立てているわけだ。全英のチャリティー・ショップの売り上げを合計すると、年間100億ポンドを超える寄付金が集まっている計算になるらしい。なるほど現金の寄付はなかなかできないけれども不用品を他人のために役立てるくらいならできるという人は多いだろう。資源としてリサイクルするより再利用の方がエネルギーもかからないから環境的にもいい。どこにでもあって持ち込みが簡単なのも◎だ。スーパーに古着や古本を回収するボックスが置いてあるところもある。

リサイクルの巻1 リサイクルはお嫌い?

天気の話が大好きと言われるイギリス人だが、天気の話となれば地球温暖化が出てくると言ってもいいほど、地球規模の環境問題は人びとの日常的な関心事となっている。環境教育のための教材やプログラムも充実しるし、ロンドンのような大都市はもちろん、小さな町村でも環境をテーマにした講演会やシンポジウム、エコイベントのお知らせをよく目にする。

しかしながら、ことリサイクルに関しては、英国はヨーロッパの中でも後進国に甘んじている。国全体で資源リサイクルに取り組み出したのは日本と同じく2000年頃だが、実はゴミの分別収集などはつい最近始まったばかりという自治体も少なくない。EU諸国との条約にもとづき埋め立てが制限されてから、ようやくペットボトルなどの容器もリサイクルするようになったが、たとえばビンは多くの地域で回収の対象にもなっていない。

英国内でリサイクルが進まない理由のひとつにあげられるのが市民意識。「ゴミの分別なんて生真面目なドイツ人のやること。イギリス人には無理」と言い切る人と何度も口論したことがある。「日本でも最初は抵抗があったけど、一度定着すれば案外面倒ではないことがわかって実行するはず」と。

一度決められたルールは周囲が実践している以上、不承不承でも従うのが日本人のお国柄。ゴミの分別収集が始まった当初は多少の混乱や不満の声があったものの、数年のうちに見事に浸透した。黒のビニール袋が透明に変わって以来、分別が驚くほど徹底されたらしいが、これは他人の目を気にする日本人特有の行動パターンが功を奏したケースと言えるだろう。日本では環境問題を頭で理解させようとするよりも、まずルール化しマナーに訴えるほうが、高い効果が期待できるのかもしれない。

一方、他人の指図を嫌い、権力やルールにはまず反発すると自称するイギリス人はどうか。やはりあちこちで徹底した抵抗攻撃が起こっているようだ。最近「きちんと分別していないゴミは収集しません」という自治体が出てきたが、ゴミの分別の仕方をとがめられた主婦がテレビのインタビューではげしく反論していた。役所に抗議しているのではなく、公共の電波を使って「誰がこんなルールを決めたのか。わたしは絶対従わない」と全国放送で訴えているのだ。

面倒と言っても、生ゴミと燃やせないゴミとリサイクルゴミの多くて3種類。しかも玄関先まで収集に来てくれるのだ。日本の地方の町村には20とか40とか恐ろしい分別を実行している自治体もあるという話をすると、感心するよりも呆れられた。この国ではゴミ収集のスタッフもさぞかし苦労するだろうと同情せざるを得ない。

2007年9月13日木曜日

ウェールズで有機農家になる3

ビニルハウスができてだいぶ栽培計画に幅がでてきた。この辺で真面目にデザインプランが必要だ。私もクリスもウェールズではもちろん、室内栽培の経験はない。そこでガーデンデザイン・ミーティングを提案した。

この辺りは
CATの影響か、有機農業や自然保護など環境問題への関心が高くいろいろな取り組みがされている。その人たちの知恵を借りない手はなかろう。デザインやオーガニック農業の技術はもちろん、資材や種などの調達先、行政の補助金やマーケティングなど、ここで初めて農業に取り組むために必要なことを教えてもらいたい。初めての土地で共通の趣味や関心をもった友達をつくるにも役立つだろう、とわくわくしながら準備をする。

初めてのミーティングはハウスの中で行った。コミュニティガーデンを運営していたクローイは、過去に温室でメロンを作ったという。熱帯の果物も栽培可能だということがわかってリンが興味を示していた。

つる性の雑草については、根気よく除根するしかなさそうだ。使わないときはできるだけダンボールやプラスティックシートで覆うこと、耕運機は根を細かく刻むだけで、すぐに生き返ってくるからヤブ蛇だということがわかった。その他、ハーブの使い方や温度管理のことなど参考意見が聞けて、多いに勉強になった。

ミーティングの後で参加してくれた人たちに日本食をふるまった。参加者の半分がベジタリアン。そのうち2人はビーガンと言われる超菜食主義者で魚も卵もダメときている。栗ご飯、ひじきの煮つけ、ほうれん草と人参の胡麻和え、ナスとカボチャの煮びたし、豆腐とトマトのサラダ、精進料理のようなメニューになったが、なかなか好評だった。

こちらの人はオーガニック野菜にはとても関心が高く、有機で野菜を作っていると言うと、まだ種を蒔いたばかりというのに売ってくれと頼まれるほどだ。それはそれで嬉しいのだが、彼らは食べることそのものにあまり興味がなく、白菜やニラ、春菊など何でも生で食べてしまう。サラダ以外に葉モノの食べ方を知らないのか、研究しようという意欲もなさそうだ。

作物を作ることだけでなく、料理や食べることも含めて学んだり交流できたらいいなと思い、今後も定期的にミーティングと会食をしようと考えている。

ウェールズで有機農家になる2

10月の気温は最高でも1516度。寒い日は23度近くまで下がることもある。ちょっと寒すぎるだろうと思ったが、ものは試しだ。ほうれん草、水菜、雪菜を直播してみる。にんにく、玉ねぎも植えつけた。播種後約5日で水菜、雪菜が芽を出した。ほうれん草はどうも失敗したようだ。やはり発芽には気温が低すぎたのだろう。せっかく芽を出したと喜んだ水菜と雪菜も、いつの間にか姿を消している。これも寒さでやられたのだろうかと訝しがっていたら、ネズミの仕業ということが判明した。

実はここはネズミの食害が悩みの種らしい。ジョーはチョコレートを餌にネズミとりを仕掛けたというので、ならってやってみた。ところが敵はなかなか賢い。チョコレートだけがなくなって当のネズミは一向につかまらない。間抜けなビギナー農家を尻目にネズミは大暴れ。かわいそうな雪菜は次々に餌食になった。

外の作業はさすがに辛くなってきた頃、温室を借りることにした。温室とガラスは入っておらず、骨組みだけ。6人がかりで巨大なビニルシートを張った。翌朝起きられないほど筋肉痛になったが、とにかくシートが張られ天井ができた。普通のビニルハウスよりも天井の高いのがよい。両側の入り口サイドはクリスが根気よくガラスを張って、何とかビニルハウスが完成した。

ハウスの作業の快適なこと!外では真冬の格好をしているというのに、室内は
25度を越える暑さだ。タンクトップで作業をする日もあった。真夏は水着で仕事をしなくてはならないかもしれないと冗談を言い合う。

ウェールズで有機農家になる1

家から自転車で15分ほどのところに畑を借りられることになった。家主のピーターとリンはユニークなアーティスト夫婦で、州から農地保全のための補助金を得て、有機農業を目指す若者に安く貸している。全体で2ヘクタールほどの土地に3棟の温室と2棟のビニルハウス、その他ピーターのスタジオとキャラバンが3軒。一般の農場と異なって色とりどりの花やハーブ、果樹が庭を活気よく見せている。

今年から契約したというジョーは、パートの仕事や娘の子守の合間に畑にやってくるので、なかなか野菜づくりに本腰が入れられない。地域の宅配野菜にトマトやほうれん草を出荷しているが、温室のトマトはすっかり放置状態。ほうれん草も間引きを怠っているうちに押し競饅頭だ。これもパーマカルチャーのテクニックの一つなのだろうか、それとも単なるナマクラなのか。

日本でも最近流行っている自然農法。こちらでもよく話題になっているし、コースなどもあちこちで行われている。私もいくつか受講してみたが、理論はわかっても具体的な技術になると曖昧だし、実際にきちんと生産しているガーデンを見たことがなく、いま一つ納得できていない。実践しながら理解するのが一番。ここでいろいろ実験、体験したら自分なりの手法を獲得でくるだろう今からわくわくしている。ちなみにジョーの野菜は見た目は悪いが、味は驚くほどいい。彼の手伝いをしながら、この夏は今まで食べたことのないような甘くておいしいトマトを毎日食べることができた。

クリスと私は、ジョーと一緒に土地の一部とビニルハウスを借り受けることにした。600平米の土地は素人が始めるには十分な広さだ。ガラスが入っていないが2棟のグリーンハウスもあるし、給水施設も近くにあってとても便利だ。意気揚々と土づくりにとりかかる。シバムギがはびこって除草に一苦労。取り憑かれたように雑草と格闘するクリス。おかげで腰痛に泣くことに…。

2007年5月19日土曜日

羊の巻


ウェールズの春は美しい。おとぎ話に出てくるような緑の丘に、子羊が軽やかにギャロップする姿を見ると誰でも幸せな気分になる。羊たちはどこへでも我がもの顔で移動し、自由気ままに草木を食んでいる。マイペースなイギリス人を象徴するかのようだ。

日本人旅行客にもこよなく愛されている英国特有の丘陵草原風景。実はこの羊たちによって創られている。つまり彼らがせっせと雑草や幼樹を食べてくれるおかげで、見渡す限り広がる草原の景観が保たれているのだ。実際、羊農家の一部は肉や羊毛が目的ではなく、草地の維持管理のために羊を飼っており、国も景観保全の名目でそれに補助金を出している。なんでも見境なく食べているように見える羊たちだが、特定の植物を食べない性質があるらしく、地域によってはそれらの植物保全の役割も果たしているそうだ。日本でも河川敷や田舎の道路わきの雑草地は羊に草刈をお願いしたらどうかと思ったりする。あるいは観光地や街中の公園に羊が登場したら人気を呼んで一石二兆じゃないだろうか。
もっとも自然の遷移を人為的に抑えて人間の好む景観を保持することに、ちょっと不自然さを感じなくもない。とくにウェールズの羊たちは海岸沿いの絶壁や国立公園内のお花畑にも出現し、場所によっては逆に植生に害を与えているようにも見える。そう思って聞いてみたら、最近は増えすぎないように、国が補助金を制限しているそうだ。

それにしてもあのふわふわした毛、セーターにしたらいかにも気持ちよさそうだが、衣類用の羊毛は輸入に頼っているというからちょっとがっかり。一つの理由にはウェールズの羊毛は固くて衣類には向かないらしいが、加工の手間賃の問題が大きそうだ。今のところ有力な利用方法として住宅の断熱材が注目されているが、それもオーストラリアやニュージーランドからの輸入が大半で、逆にメイド・イン・ブリテンの羊毛は75%輸出されているというのだから、グローバル経済恐るべしだ。のどかにじゃれている羊たちにも、人間の営みにともなう裏話がいろいろあるらしい。もちろん彼らは草を食べるのに忙しくてそんなことはまったくお構いなしだけれど。

2007年4月21日土曜日

食べ物の巻3 オーガニックかローカルか

先日参加したタウン・ミーティングでは地元農家を支援するグループがスーパーマーケットのオーガニック商法に反発していた。輸送に大量のエネルギーを用い、包装などの無駄を生む輸入野菜は環境によくないという主張だった。

ウェールズは雨が多いせいか生産性も低く、野菜農家自体少ないため、輸入物に頼らざるをえない。大手スーパーで大量のオーガニック野菜が売られれば、地元の小規模な農家はひとたまりもないだろう。地元の野菜の方が新鮮でエネルギーの無駄もない、地域経済を支えるためにもローカルな野菜を食べましょう、という地元農家の切実な訴えもよくわかる。

そういえば「フードマイル」という食糧の移動が環境に与える影響を最初に試算したのはイギリス人だった。消費者運動家ティム・ラング氏は「食は地産地消(生産地と消費地が近いこと)が望ましい」という考え方を提唱した。輸送にかかるエネルギーなど環境的な負荷だけでなく、生産地が発展途上国で消費地が先進国という場合、生産地が消費地から受ける経済的圧迫も無視できない。イギリスの国民一人当たりフードマイルは約3200(トン×キロメートル)(2001年)。食糧自給率は7割。ちなみに日本のフードマイルは世界一で7000を超える。食糧自給率は4割だ。

英国内の有機農家に対しては若干の補助が政府から出ているが、それでも有機での生産はもともと単位あたりの収量が限られる。有機農業一本で生計をたてるのはここでもやはり難しいらしく、ほとんどがB&Bを営むなど他の収入源をもつ兼業農家である。

野菜の販売ルートはいろいろで近頃ではボックス・スキームと呼ばれる契約型販売も流行している。有機農家と消費者が直、あるいはコーディネーターを通して契約。定期的に数種類の野菜や果物、乳製品などが届くというシステムだ(日本でもいくつかのサービスがある)。国内40000世帯に毎週ボックスを届けているというコーンウォールの有機農場では、夏の間は300人の人が雇われるそうだ。しかし、冬になるとその数は50人以下に減り、しかも働き手の半分以上はポーランドからの移民だと聞いて、とても複雑な気持ちになった。

マーケットが確保されていることは生産者にとっても有利な条件だが、大規模な消費に対応するには必ず担い手の問題が発生する。安全な食品が誰にも簡単に手に入るのはいいことだが、それを支える人たちの生活はどうなっているのか。

最近では日本でも農家の働き手に中国やベトナムから来る人たちが増えているというが、彼らの働く環境に問題はないのだろうか。消費者が望むものは安全でおいしくて、環境にもよくて、安くて便利。しかもいつでも好きなだけ好きなものが食べられる。果たしてそんな食べ物がつくれるのだろうか。そして、それが他者からの搾取に支えられなければならないとしたら…。

おりしもタウンミーティングでは、これまで月に2回開かれていたファーマーズマーケットに対する市役所の助成が打ち切られるという話がもちあがっていた。その話をきっかけに地元農業をいかに支援していくかで熱い議論が交わされた。「消費者へ地域農業をPRするためのイベントを開催しよう」「テスコ(大手スーパー)進出反対の陳情書を出しましょう」「学校給食へアプローチしたら」こんなとき、彼らの行動は素早い。あっという間に10月のイベント計画がスタートした。

イスラエル産のオーガニックポテトを買うか、国産の非オーガニックを買うか、いつも悩んでしまう。消費者はますます複雑な選択をせまられているのだ。

2007年4月20日金曜日

食べ物の巻2 エコへのこだわり?

このように食に関してはなぜか控えめなイギリス人だが、健康・安全というキーワードには敏感だ。日本でも最近はオーガニックフードがにわかに人気を集めているようだが、それでもまだまだアクセスの悪さが目立つ。たとえばオーガニック野菜などはかなりお高く、学生や貧乏人には手が出ないというイメージがまだある。

一方、英国内では大手スーパーマーケットのオーガニックフードコーナーをはじめ専門店も多く、わたしの住んでいる人口800人の村には小さな個人商店が2つしかないが、それでもオーガニック食品のコーナーがある。またお値段もせいぜい20~30%増し程度なので庶民でも手の届く範囲におさまっている。これはマーケットの大きさによるものだと考えられるが、多少高くても安全にはお金をかけましょうという消費者の意識の高さが感じられる。生鮮食品にとどまらず、嗜好品、加工食品やインスタント食品までオーガニックな素材にこだわった商品開発が進んでいる。

しかしよく見てみると、野菜類はほとんど外国産。フランスやスペインならまだしもイスラエルやトルコなど遠方からやってきているものもある。しかもせっかくのオーガニック野菜が細かく刻まれ水洗いされ、ビニルのパッケージに入って海外から輸送されているのだから、いただけない。オーガニック素材を選びつつ、かつ便利さを追求するという姿勢は合理的と呼ぶべきだろうか。もっとも「これじゃ、風味がなくなるじゃない」と文句を言っているのは外国人で、イギリス人は味にはこだわらないようだ。

食べることは人間の基本。単に栄養を補給する行為ではない。料理はさまざまな先人の知恵、地域の文化を伝える技であり、食事は季節を感じ、自然や生命をいつくしむ時間であってほしい。ここではプラスチックの大皿に数種類のメニューをどかどかと山積みにして食べるのをよく目にする。皿洗いの水と洗剤を節約できると言われると、確かに合理的かもしれないけれど、いつも抵抗感を感じている。代表的な英国料理のフィッシュ・アンド・チップスでさえ、いまや自宅で作る人はほとんどいないと聞いて驚いた。家が汚れるし廃油を捨てると環境に悪いからと言われても、やはり納得がいかない。

インスタント食品や出来合いのお惣菜の類は、日本でももはや欠かすことのできないアイテムだ。魚をさばいたりフライの衣をつけたりする加工は、人件費の安い東南アジアなどで行われていたりもする。わたしもフルタイムの仕事を持ち、帰宅が10時頃だったころは漂白された剥きごぼうを使ったものだ。仕事を辞めて、ごぼうの味を改めて知った。便利の裏で失っているものを、忘れないでいたいと思う。

2007年4月19日木曜日

食べ物の巻1 イギリス料理はまずい?

英国内で外国人が集まれば、まず食べ物の話題になる。見知らぬ者同士でも、イギリスの食文化がいかに貧しいかという話をすれば1時間は盛り上る。 食にこだわる国は滅びる運命にあると誰かが言ったが、大英帝国の発展は食を犠牲にして成り立ったのだろう、とわたしも確信している。

とってつけたように聞こえるかもしれないが、料理のうまいイギリス人に招かれて食べる伝統的なイギリス家庭料理はなかなかのものだ。残念ながら、そんな料理上手はもはやナショナルトラストにでも登録されているのではないかと思うほどで、めったにお目にかかれないが。近年グルメブームで外食産業もだいぶレベルアップしたと言われているが、それとて眉唾もの。ふらりと入ったレストランやパブの料理に期待は禁物だ。冷凍食品をレンジでチンしただけの料理か、さもなくば恐ろしく高い料金に失望する危険性が高い。

もっとも、この国では乏しいイギリス料理のレパートリーを補うように、世界の各国料理が堪能できるという特別な楽しみがある。インド料理、中国料理のテイクアウト(味の保証はないが)はどんな田舎の小さな町にも必ずあるし、ロンドンのような都会だったらヨーロッパ各国はもちろん、トルコ、レバノン、メキシコ、タイ、ベトナム、インドネシア、韓国そして日本とまさに世界中のしかも現地人のつくる本格的なものが手に入る。

日本食はヘルシーでファッショナブルだともっぱらの人気だ。もっともきちんとした和食を食べさせる店はどこも法外に値段が高いので、そういう店に集うのはヤッピーと呼ばれるリッチでグルメなイギリス人か接待の日本人ビジネスマンと相場は決まっているが。このところポンド高で、外食は基本的にどこで何を食べても高いのだが、一切れ250円の海苔巻き(それも中味はツナかキュウリときている)を見たときはさすがに驚いた。海苔巻き屋台でも始めようかとひそかに考えている。
(写真:アボガドの巻き寿司、その名も青虫ロール