2007年5月19日土曜日

羊の巻


ウェールズの春は美しい。おとぎ話に出てくるような緑の丘に、子羊が軽やかにギャロップする姿を見ると誰でも幸せな気分になる。羊たちはどこへでも我がもの顔で移動し、自由気ままに草木を食んでいる。マイペースなイギリス人を象徴するかのようだ。

日本人旅行客にもこよなく愛されている英国特有の丘陵草原風景。実はこの羊たちによって創られている。つまり彼らがせっせと雑草や幼樹を食べてくれるおかげで、見渡す限り広がる草原の景観が保たれているのだ。実際、羊農家の一部は肉や羊毛が目的ではなく、草地の維持管理のために羊を飼っており、国も景観保全の名目でそれに補助金を出している。なんでも見境なく食べているように見える羊たちだが、特定の植物を食べない性質があるらしく、地域によってはそれらの植物保全の役割も果たしているそうだ。日本でも河川敷や田舎の道路わきの雑草地は羊に草刈をお願いしたらどうかと思ったりする。あるいは観光地や街中の公園に羊が登場したら人気を呼んで一石二兆じゃないだろうか。
もっとも自然の遷移を人為的に抑えて人間の好む景観を保持することに、ちょっと不自然さを感じなくもない。とくにウェールズの羊たちは海岸沿いの絶壁や国立公園内のお花畑にも出現し、場所によっては逆に植生に害を与えているようにも見える。そう思って聞いてみたら、最近は増えすぎないように、国が補助金を制限しているそうだ。

それにしてもあのふわふわした毛、セーターにしたらいかにも気持ちよさそうだが、衣類用の羊毛は輸入に頼っているというからちょっとがっかり。一つの理由にはウェールズの羊毛は固くて衣類には向かないらしいが、加工の手間賃の問題が大きそうだ。今のところ有力な利用方法として住宅の断熱材が注目されているが、それもオーストラリアやニュージーランドからの輸入が大半で、逆にメイド・イン・ブリテンの羊毛は75%輸出されているというのだから、グローバル経済恐るべしだ。のどかにじゃれている羊たちにも、人間の営みにともなう裏話がいろいろあるらしい。もちろん彼らは草を食べるのに忙しくてそんなことはまったくお構いなしだけれど。