2007年4月21日土曜日

食べ物の巻3 オーガニックかローカルか

先日参加したタウン・ミーティングでは地元農家を支援するグループがスーパーマーケットのオーガニック商法に反発していた。輸送に大量のエネルギーを用い、包装などの無駄を生む輸入野菜は環境によくないという主張だった。

ウェールズは雨が多いせいか生産性も低く、野菜農家自体少ないため、輸入物に頼らざるをえない。大手スーパーで大量のオーガニック野菜が売られれば、地元の小規模な農家はひとたまりもないだろう。地元の野菜の方が新鮮でエネルギーの無駄もない、地域経済を支えるためにもローカルな野菜を食べましょう、という地元農家の切実な訴えもよくわかる。

そういえば「フードマイル」という食糧の移動が環境に与える影響を最初に試算したのはイギリス人だった。消費者運動家ティム・ラング氏は「食は地産地消(生産地と消費地が近いこと)が望ましい」という考え方を提唱した。輸送にかかるエネルギーなど環境的な負荷だけでなく、生産地が発展途上国で消費地が先進国という場合、生産地が消費地から受ける経済的圧迫も無視できない。イギリスの国民一人当たりフードマイルは約3200(トン×キロメートル)(2001年)。食糧自給率は7割。ちなみに日本のフードマイルは世界一で7000を超える。食糧自給率は4割だ。

英国内の有機農家に対しては若干の補助が政府から出ているが、それでも有機での生産はもともと単位あたりの収量が限られる。有機農業一本で生計をたてるのはここでもやはり難しいらしく、ほとんどがB&Bを営むなど他の収入源をもつ兼業農家である。

野菜の販売ルートはいろいろで近頃ではボックス・スキームと呼ばれる契約型販売も流行している。有機農家と消費者が直、あるいはコーディネーターを通して契約。定期的に数種類の野菜や果物、乳製品などが届くというシステムだ(日本でもいくつかのサービスがある)。国内40000世帯に毎週ボックスを届けているというコーンウォールの有機農場では、夏の間は300人の人が雇われるそうだ。しかし、冬になるとその数は50人以下に減り、しかも働き手の半分以上はポーランドからの移民だと聞いて、とても複雑な気持ちになった。

マーケットが確保されていることは生産者にとっても有利な条件だが、大規模な消費に対応するには必ず担い手の問題が発生する。安全な食品が誰にも簡単に手に入るのはいいことだが、それを支える人たちの生活はどうなっているのか。

最近では日本でも農家の働き手に中国やベトナムから来る人たちが増えているというが、彼らの働く環境に問題はないのだろうか。消費者が望むものは安全でおいしくて、環境にもよくて、安くて便利。しかもいつでも好きなだけ好きなものが食べられる。果たしてそんな食べ物がつくれるのだろうか。そして、それが他者からの搾取に支えられなければならないとしたら…。

おりしもタウンミーティングでは、これまで月に2回開かれていたファーマーズマーケットに対する市役所の助成が打ち切られるという話がもちあがっていた。その話をきっかけに地元農業をいかに支援していくかで熱い議論が交わされた。「消費者へ地域農業をPRするためのイベントを開催しよう」「テスコ(大手スーパー)進出反対の陳情書を出しましょう」「学校給食へアプローチしたら」こんなとき、彼らの行動は素早い。あっという間に10月のイベント計画がスタートした。

イスラエル産のオーガニックポテトを買うか、国産の非オーガニックを買うか、いつも悩んでしまう。消費者はますます複雑な選択をせまられているのだ。

2007年4月20日金曜日

食べ物の巻2 エコへのこだわり?

このように食に関してはなぜか控えめなイギリス人だが、健康・安全というキーワードには敏感だ。日本でも最近はオーガニックフードがにわかに人気を集めているようだが、それでもまだまだアクセスの悪さが目立つ。たとえばオーガニック野菜などはかなりお高く、学生や貧乏人には手が出ないというイメージがまだある。

一方、英国内では大手スーパーマーケットのオーガニックフードコーナーをはじめ専門店も多く、わたしの住んでいる人口800人の村には小さな個人商店が2つしかないが、それでもオーガニック食品のコーナーがある。またお値段もせいぜい20~30%増し程度なので庶民でも手の届く範囲におさまっている。これはマーケットの大きさによるものだと考えられるが、多少高くても安全にはお金をかけましょうという消費者の意識の高さが感じられる。生鮮食品にとどまらず、嗜好品、加工食品やインスタント食品までオーガニックな素材にこだわった商品開発が進んでいる。

しかしよく見てみると、野菜類はほとんど外国産。フランスやスペインならまだしもイスラエルやトルコなど遠方からやってきているものもある。しかもせっかくのオーガニック野菜が細かく刻まれ水洗いされ、ビニルのパッケージに入って海外から輸送されているのだから、いただけない。オーガニック素材を選びつつ、かつ便利さを追求するという姿勢は合理的と呼ぶべきだろうか。もっとも「これじゃ、風味がなくなるじゃない」と文句を言っているのは外国人で、イギリス人は味にはこだわらないようだ。

食べることは人間の基本。単に栄養を補給する行為ではない。料理はさまざまな先人の知恵、地域の文化を伝える技であり、食事は季節を感じ、自然や生命をいつくしむ時間であってほしい。ここではプラスチックの大皿に数種類のメニューをどかどかと山積みにして食べるのをよく目にする。皿洗いの水と洗剤を節約できると言われると、確かに合理的かもしれないけれど、いつも抵抗感を感じている。代表的な英国料理のフィッシュ・アンド・チップスでさえ、いまや自宅で作る人はほとんどいないと聞いて驚いた。家が汚れるし廃油を捨てると環境に悪いからと言われても、やはり納得がいかない。

インスタント食品や出来合いのお惣菜の類は、日本でももはや欠かすことのできないアイテムだ。魚をさばいたりフライの衣をつけたりする加工は、人件費の安い東南アジアなどで行われていたりもする。わたしもフルタイムの仕事を持ち、帰宅が10時頃だったころは漂白された剥きごぼうを使ったものだ。仕事を辞めて、ごぼうの味を改めて知った。便利の裏で失っているものを、忘れないでいたいと思う。

2007年4月19日木曜日

食べ物の巻1 イギリス料理はまずい?

英国内で外国人が集まれば、まず食べ物の話題になる。見知らぬ者同士でも、イギリスの食文化がいかに貧しいかという話をすれば1時間は盛り上る。 食にこだわる国は滅びる運命にあると誰かが言ったが、大英帝国の発展は食を犠牲にして成り立ったのだろう、とわたしも確信している。

とってつけたように聞こえるかもしれないが、料理のうまいイギリス人に招かれて食べる伝統的なイギリス家庭料理はなかなかのものだ。残念ながら、そんな料理上手はもはやナショナルトラストにでも登録されているのではないかと思うほどで、めったにお目にかかれないが。近年グルメブームで外食産業もだいぶレベルアップしたと言われているが、それとて眉唾もの。ふらりと入ったレストランやパブの料理に期待は禁物だ。冷凍食品をレンジでチンしただけの料理か、さもなくば恐ろしく高い料金に失望する危険性が高い。

もっとも、この国では乏しいイギリス料理のレパートリーを補うように、世界の各国料理が堪能できるという特別な楽しみがある。インド料理、中国料理のテイクアウト(味の保証はないが)はどんな田舎の小さな町にも必ずあるし、ロンドンのような都会だったらヨーロッパ各国はもちろん、トルコ、レバノン、メキシコ、タイ、ベトナム、インドネシア、韓国そして日本とまさに世界中のしかも現地人のつくる本格的なものが手に入る。

日本食はヘルシーでファッショナブルだともっぱらの人気だ。もっともきちんとした和食を食べさせる店はどこも法外に値段が高いので、そういう店に集うのはヤッピーと呼ばれるリッチでグルメなイギリス人か接待の日本人ビジネスマンと相場は決まっているが。このところポンド高で、外食は基本的にどこで何を食べても高いのだが、一切れ250円の海苔巻き(それも中味はツナかキュウリときている)を見たときはさすがに驚いた。海苔巻き屋台でも始めようかとひそかに考えている。
(写真:アボガドの巻き寿司、その名も青虫ロール